| 長正館は、笹森順造16代宗家から、昭和47年(1972年)3月に認可を受け、小野派一刀流宗家道場禮楽堂大阪支部道場として活動しています。また吉田誠宏先生、長井長正先生の意志を継ぎ、古伝の一刀流の研究と研鑽も続けています。 |
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長正館の生いたち
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昭和27(1952)年10月 |
田辺警察(現東住吉警察)道場を借り、
南大阪剣道同好会(現在ある同名の会とは別)を結成。 |
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昭和29(1954)年8月 |
大阪錬武会と改称、今川錬武館に移る。 |
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昭和38(1963)年3月 |
今川錬武館閉鎖に伴い、
再び田辺警察(現東住吉警察)道場に復帰。 |
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昭和45(1970)年4月 |
大阪錬武会を発展改称し役員総力で長正館道場を建設。
長井長正 初代館長就任。 |
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昭和48(1973)年3月 |
笹森順造宗家より小野派一刀流の道場として認可される。 |
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平成2(1990)年10月 |
長井長正 初代館長逝去。
井上勝由 二代目館長就任。 |
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平成29(2017)年7月 |
建物の老朽化のため、道場を閉館。 |
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平成29(2017)年9月 |
東住吉区矢田中学校の体育館で剣道稽古を再開。
(一刀流は以前から中野中学校にて稽古を実施済み) |
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令和2(2020)年4月 |
粕井誠 三代目館長就任。 |
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令和3(2021)年7月 |
井上勝由 二代目館長逝去。 |
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初代館長、長井長正(ながいながまさ)範士の略歴
大正4年8月11日、奈良県北葛城郡広陵町で生まれる。奈良県立畝傍中学1年から剣道を始め、陸軍戸山学校出身の塩出宇助先生の薫陶を受けて昭和8年国士館専門学校に入学し専門家の道を志す。国土館では斎村五郎先生をはじめ、大島、岡野、小野、小川、堀口の各先生、大沢、馬田先輩などの指導を受ける。昭和12年国士館卒業とともに岸和田市の南海商業学校、兵役をはさんで奈良県立磯城農学校に奉職。戦後は大阪で種苗園芸店を開業。昭和27年南大阪剣道同好会結成。同年吉田誠宏先生の門人となり昭和54年に亡くなられるまで教えを受ける。昭和45年長正館創立と同時に小野十生先生から小野派一刀流組太刀を3年間にわたって指導を受ける。昭和46年、小野派一刀流宗家笹森順造先生、同48年小川忠太郎先生より一刀流の指導を受ける。昭和48年笹森順造先生より長正館が一刀流道場として認可される。昭和51年大阪府剣道道場連盟を結成し理事長に就任。長正館館長を務めながら、大阪府剣道連盟審議員、同師範、同常任理事、大阪府剣道道場連盟副会長、大阪税関師範、修道館師範を勤め上げる。昭和45年剣道八段。昭和52年剣道範士。
平成2年10月12日没、享年72歳。 |
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笹森順造「一刀円相」 |
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笹森順造「循環無端」 |
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上の2つは長正館の正面に掲げていた特に大きな額である。
一刀円相、循環無端は一刀流の本質を表しその極意を表した言葉なのだ。
笹森順造16代宗家は「一刀流を頼む」という思いを込めてこの額を授けた。
そして2つの額は長正館の稽古を常に見守り続けてきた。
長正館には多くの揮毫を収めた額や絵画があった。
残念ながらその多くは、長正館が閉館する折りに分散してしまった。
上の額は2017年7月、分散紛失を恐れて当時の館員宅に預けた。
今もそのままである。 |
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