剣道日本1984年7月号の記事より

 
 

剣道日本1984年7月号48頁49頁の見開きより

打方:長井長正範士八段・仕方:宮東清二五段
が小野派一刀流組太刀に気迫をこめる。
宮東氏は15年前、32歳で入門、竹刀の持ち方さえ知らなかったというが、
現在では組太刀百本の裏表をマスターした。

(奥正面、井上勝由、右不明)

   

特集「形稽古のすすめ」

稽古は形のように形は稽古のように・・・・
空手や柔道ならば あるいはいえることかもしれない
剣道はというと 今は残念ながらそうではないようだ なぜか
剣道では長い得物を用い その操法が昔と今とではちがっているからだ
要するに今は刀の概念がうすくなったのだ
これは歴史的にみてやむをえないこと
しかし上達とともに 深くかかわってくる問題でもある


形で本筋の剣道に目覚める

 「健全なスポーツとしての剣道」が定着し、大会もさかんに開催されている昨今、"形稽古"は、ことば自体がすっかりなりをひそめた観がある。 もちろん、一部の高段者や古流を学ぶ剣士にとり、形稽古は効果的な修行法である。ふだんの稽古に形あるいは古流の組太刀を取り入れている道場もある。が、剣道を学ぶ多くの者にとって、形は大会の飾りか段審査のためのもの、というのが現実ではないだろうか。

 ここに、ふだんの稽古時間の半分以上を形稽古にあて、子供にも小野派一刀流を基本とした形を 教えている道場がある。大阪市東住吉区住道にある長正館である。月・水・金の週3日、7時〜8時=少年指導(形稽古30分以上・残りは竹刀と防具による稽古)、8時〜9時一般指導(形稽古40分・竹刀と防具による稽古20分)が基本的な時間割りで、原則として試合は行なわない。

 館長は大阪府剣道連盟で少年指導部長をつとめ 長井長正範士八段。長井館長は15年前、この道場を開き、のちに、かつて国士館専門学校時代の 恩師でもあった小野十生範士、小野派一刀流宗家・ 笹森順造氏に師事。小野派一刀流の組太刀を学び、指導の許可を得た。その経緯について、長井館長はこう語る。

 「古流の形を研究錬磨してみなければ、本筋の剣道は到底わかるまい、と今は亡き恩師吉田誠宏先生から言われていました。私は疑問視していましたが、道場を作った頃、小野先生もおっしゃるんですね。形の重要性をまだ、お分りいただけないだろうが、関西に小野派一刀流の精神を残すためにも、ぜひやってください、と。当時、小野先生は範士八段。かたちとしては、全剣連で笹森先生の先輩です。その先輩が、長井にご指導ください、と笹森先生のもとに頭を下げにいかれた。長井さん、辛抱して習 てください、と笹森先生もおっしゃられて・・・・」

 こんな道場を作ったために、と最初は思ったそうだ。

 「なぜ、一刀流なんてむずかしいもの苦労せにゃならん。日本剣道形があるやな いか。国士館である程度基本も身につけたのだから、そのままやればいいのに―――」

 ところがである。一刀流を習い始めて一年ほどたち、いつものように大阪城内の修道館の稽古におもむいた時のこと、長井館長は思いもよらぬ体験をすることになる。

 「そう、ちょうど組太刀を30本ほど覚えた頃でしょうか。構えていて、相手が跳び込んでくるところをパッと打てたんです。それまではどんな技でも思って打ってましたが、この時ばかりは、いわゆる"一つ勝"の相打ちの起こり頭を思わずスパーン!といけたわけです。コレヤ!コレをやらなくては、と思いましたね。もう涙が出ましたよ」

 それからというもの、一刀流に打ち込むこと一筋。やればやるほど日本剣道形の大切さも分り、命がけで作られた形の奥底にある理論を体得することにより本筋の剣道とは何かを知ることができ る、と目覚めたという。

 しかし、昭和44年から50年にかけて、恩師である小野先生と笹森先生は相ついで他界された。親孝行したい時に親はなし―――。

 「形から得たものを自分だけのものにしては申し訳ない」

 そこでまず、有段者の門人に稽古前、時間をかけて一刀流を習わせたところ、非常に効果が上がったので、子供にも、ということになった。子供には一刀流の本命である「切落」の精神と技を覚えやすいように、「少年剣道基本の形」(五本)を考案した。

 
(箏曲「六段の調べ」の初段による基本動作の稽古。
この曲の二段以上は徐々にテンポが早くなるため初心者にはむずかしい。
しかし、「六段の調べ」にも合うような上達ぶりが望ましい。)

「切落」の精神を子供にも

 現在、長正館では少年剣士8名、一般有段者30名ほどを指導している。取材日(金曜)は、その半数ちかくが参加した。

 最初に少年指導を行なう。初心者に大切なのは、 まず足さばき。そのため、竹刀や木刀を持たせる 前に時間をかけて前後左右の動作を指導するが、ユニークなのは、箏曲「六段の調べ」の初段を採 り入れていることだ。無理のない自然体の正しい動作をさせ、子供に飽きがこないように、との配慮からで、素手のまま・帯刀のまま・中段の構えのままと段階を追いながら、曲に合わせて指導。さ らに一足一刀へと導入していく。しだいに曲のテンポが早くなっていくところがミソである。
このあとおよそ5分間、前々後々と正面素振り。 そして日本剣道形を二本目まで行なう。 中学生までは突きが禁止されているにもかかわらず、初段を受けるには三本目が必要である。これは矛盾している。そこで、日本剣道形の理合を分らせるためにも「少年剣道基本の形」を考案したというわけである。

 
一般の部の稽古では、最後に形の稽古の応用を行う。
「切落」の拍子を体得すれば、このような技が自然に出る。

 ところで、ここでは日本剣道形の各技に名称をつけている。一本目「相上段抜き面」、二本目「甲 手抜き甲手」、三本目「突きの応じ返し」、四本目「脇八相巻き返し面」、五本目「表摺り上げ面」、六本目「追い込み裏摺り上げ甲手」、七本目「抜き打ち胴」という具合だ。指導上の便利さと名称にも形の精神があることを考慮したとのこと。

 つづいて「少年剣道基本の形」。「一つ勝」「二つ勝」「鍔割り」「出刃(二つの切り落し)」「入刃 (二 つの切り落し)」とつづく。

 紙数の都合で技の一つ一つを解説することはできない。そこで、すべての基本となっている「切落」について、簡単に説明しておく。

 「切落」は相手が切りかかってくるところを、こちらも応じて切り込むことにより、相手の太刀をしのぎ外して無効な死太刀とし、こちらの太刀は生きてそのまま相手を突くか、または真向から切 り下ろすのである(その時の間合による)。これは相手の太刀を打ち落としてから二の技で相手を打突するのではない。相打ちの一拍子の勝ちである。 この技を決めるには、まず心で相手に勝っていなければならない。なによりも、相手に切られたくないという自分の恐怖心を切り落とすことが先決である(意訳)。

 この教えを子供にもよく分るように指導している。たとえば、蹲踞の時から打太刀と仕太刀の気 持ちが伝わっていなければならないので、「ピタリ剣先を合わせて、カチカチと鳴らないように」というふうにだった。

 以上、およそ30分。
 防具をつけての竹刀稽古となる。
 「一歩 十歩」

 切り返しを行なう前に館長が黒板に書いた。「一歩」は一足一刀の間合。 「ヤーッ!」と気合を入れ、そこから踏み込んで元立ちの正面を打つが、 このあと元立ちは面をあけたまま下がる。かかる方は竹刀の物打ちを元立ちの面にすえたまま追っていく。そして元立ちが止まったところで、剣先を喉元につけ、残心を示す。この時、相手が打ってくるなら「切落」、前に出るようならば「迎突」 ができる。もちろん、形の上では行なわない。ここから九歩さがりながら、はじめて切り返しに入るのである。それもただ切り返すのではなく、いろいろな状況を想定して一本一本を打つ。最後に構え直して一歩ひき、さらに面―――。同じことをくり返す。

 つまり、九歩と一歩を足せば「十歩」。これが本来の切り返しで、厳密にいえば、前進しながら行なうのは"打ち込み"である。

 拍子木の合図で基本打ちを行なったあと、今度はかかり稽古。
 「(離れている状態で)そこから勝負は始まっている。真剣勝負だ」(館長)

 攻めの間合から打ち間に入るところが、剣道では大切なところ。「始め」 のあと、すぐに拍子木の合図が鳴る。ほんの二、三合なのである。これを何回かくり返し、かかり稽古が終了。そのままの状態で最後に、拍子木の合図で「ヤーッ!」と剣先で攻めながら歩み寄り、もう一回の合図で下がっていく動作を行なう。これを2回くり返して神前に対して礼。竹刀と木刀の点検をして黙想を終えれば8時である。


 
木刀による「少年剣道基本の形」の稽古。
「切落」主体である。
間合いが遠ければ切り落し突き、近ければそのまま面となる。

時代に応じた指導法を

 一般の部の稽古は小野派一刀流の組太刀から開始。もちろん流儀に則り、一刀流の木刀の剣先を合わせて床に置き、蹲踞することから形に入る。小野派一刀流の組太刀すべてを合わせると170本にも及ぶが、宗家の笹森順造氏が長井館長に伝えたのは100本。その一本一本を教えに忠実に伝えることが 長井館長の務めである。いかなる時代においても、形稽古では約束のもとに仕太刀が安心して勝てるように、その心気を打太刀が育まなければならない。そうして何回もくり返し稽古を重ねるうち、 ある日突然、無心に形どおりの技を出せるようになるのだそうだ。

 形稽古だけでも剣道本来の目的は達成できる、と形稽古派は言うだろう。
 「しかし、剣道の根本精神は変わらないが、指導法は時代に応じて変えていかなければならない」これが長井館長の持論である。現況を考えれば、たしかにそうかもしれない。だから、竹刀稽古も行なう。ただし、稽古時間全体におけるその割合が、少年と一般とで異なる。一般はミッチリと形を打ったあとで、その応用としての竹刀稽古となる。"応用稽古"(地稽古)の特徴を挙げると、まず手数が少ない。真剣勝負を想定すれば、無駄打ちは許されないはずだ。打突後すぐに「打たれないための構え」をとることを戒めているので、一度踏み込めば打ち込むのみで、技の歯切れもよい。 しかし、すでにその時は長井館長が相打ちからの面を打つか、さばいて小手を打っている。館長は一人ずつ門人をこなす。

「ヨイショーッ、捨てて打て!サァ来い」
「ヤーッ」
「ホラサ、お面あり」

 すでに子供たちの姿はない。ややあって、
「見取り稽古は両方を見ずに、一方の立場になったつもりで―」
と、館長が周囲に説き、この日の稽古は終わった。

思って打たず、思わず打て

 今年、京都大会の昇段審査において長井館長は 七段の審査員をつとめた。その時の感想は「厳密にいえば、形審査で半数以上は落第」だという。 「せっかく実技審査を通ったのに、あれではまったく"形なし"ですね。形を知らなければ間合も分らないから、ついでに"間抜け"や」(笑)。よく、こう説くのだそうだ。不思議なもので、七段、八段の受審者の中にも、実技のときはかなドッシリと構えておられるのに、形審査となると心ここにあらず、といった方が見受けられるのである。全剣連でどれだけ講習会を開いてもこのありさま。このままでは時代の遺物を踏襲していくだけだが、それでもひと頃よりは、形に対する関心が高まりつつあるという修業上のカベにぶつかっている高段者が多いからだ。
 
 「朝稽古で一所懸命やっている方々が、どうして受からんのやろ、と言うんですね。そこで一刀流やったらどうや、と持ちかけたんです。そしたら、みな諸手を上げて賛成しましてな。五段から七段ぐらいまで。それぞれのカベにぶつかってたようです。カベの厚さは大小さまざま。「切落」の前に構 えから直しました。構えというのは、相手に自分の最高の姿勢・態度を表現することで、日常生活 の心構えでもある、そこから正しい技が出るんだと。何かしらハッと感ずるものがあるようですね」 (長井館長)

 その結果、最近は審査の合格率も上がり、稽古にも励みが出てきたとか。

 
切り返しの説明をする長井館長。
気構え、想定、足さばき、打突、残心など、本来の方法に則る。

 長井館長自身は生来、比較的器用なほうで、これまで、とくべつカベにつき当たることはなかった。むしろ一刀流に出会わなかったら、大きなカべにつき当たったにちがいない、という。当時、長井館長は57歳で教士八段。もともと竹刀剣道をつづけるうえでは、なんら不自由はなかったのである。が、竹刀剣道にない何かをつかんだわけだ。 かつて小野十生範士にも、こう言われたそうだ。 「いいか、器用まかせでは、いつかきっと大きなカベに出くわすぞ――」

 それにしても、形はいわゆる刀法である。昔とちがい刀そのものの知識がうすい竹刀剣道派が、 すべて館長と同じ体験をすることが可能だろうか。そこで初心者、とくに子供のために考案したのが 「少年剣道基本の形」だが、高段者が形稽古から体感として得るものは何か―。

 「うちの例で恐縮ですが、今年六段に受かった者がいます。傍から見ていても立派に使ったといわれましたが、本人に訊くと、何も覚えていないというんですね。それが理想だと思います。その前の段階は、形どおりに打とうとすることです。つまり相手がきたら、意識的にこうしようとすること。それが無意識のうちにできるようになるわけです。

 逆にいうと、例えば実技審査のときに自分がAで、C・Dとあたったとします。そしてCには小手と面を取ったけど、Dに胴を打った時、少しもたついたから落ちたのかな、という者がいます。 そうではなくて、覚えているからいけないんです。 無心の技というのは覚えていませんよ。そこなんですね」

 結局、現在の竹刀剣道では心を鍛錬することはできない、と長井館長は言いきる。形稽古と並行して竹刀稽古を実施する。そうすることによって手足、からだが技を覚え、思わず相打ちに出られるようになる。竹刀剣道で「負けたくない」と 思うのは、「恐い」というよりは「ポイントをとられるから」である。要するに、まず形から「打たれることの恐さ」を切り落として胆力を練り、それを竹刀剣道に応用すれば無心の技に通ずるというわけだ。

 「新陰流でも何でもいい、たとえ数本でも、本気になって古流を覚えてごらんなさい。剣道形の大 切さが分るし、剣道も変わりますよ」

 道をこころざす剣士への長井館長からのひと言である。


(記事引責:長正館 粕井 誠)

長正館は、笹森順造十六代宗家から、昭和47年(1972年)3月に認可を受け
現在は小野派一刀流宗家道場禮楽堂大阪支部道場として活動しています


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